◆ごはんも食べたい…その願いがかなった、室町時代の<生なれずし>
保存食であった<なれずし>が、今のようにご飯も一緒に食べる形になったのは、室町時代といわれます。<なれずし>よりも簡単に作って食べようとする<生なれずし>の誕生です。
ごはんと塩漬けの魚で発酵させるのは、同じですが、<なれずし>が約3ヶ月~1年の発酵期間をおくのに対し、<生なれずし>は約2週間~1ヶ月ほど。完全に熟成させないので、魚はまだ生っぽさが残っていますが、ご飯にはほどよく酸味が出て食べられます。貴重品だったご飯を捨てることなく魚と一緒に食べるようになったのです。
今と比べると、独特なにおいがある<生なれずし>ですが、この時代の「すし」は<生なれずし>を指し、16世紀に活躍した堺の茶人・津田宗及の残した茶席での献立に<生なれずし>が何度となく登場。織田信長や豊臣秀吉が口にしたすしも、やはりこの<生なれずし>でした。
高級な食べ物でしたが、庶民も口にするようになっていたようで、同時期の和歌に「生成りのすしにも似たる近江衆 石を重しと持たぬ日はなし」というものがあります。石から<生なれずし>を連想するほど、ポピュラーになっていたことが推察されます。
◆今も残る<生なれずし>の伝統
この<生なれずし>が、今も郷土料理として残る発酵させるタイプの寿司の原型です。
秋田のハタハタずし、鯖の糠漬け(へしこ)を水洗いし、腹に米と麹を入れて発酵させる福井のなれずし、岐阜のアユのなれずし、かぶらとブリを使った石川のかぶらずし、大阪の小鯛の雀ずしなどが、よく知られています。
その一つに、和歌山県の有田・日高地方一帯や紀北地方などで食べられている「鯖のなれずし」があります。
なれずしといっても、滋賀のフナずしのように、魚だけを食べるのではなく、ご飯も食べる<生なれずし>タイプ。塩鯖の上に、棒状の大きな握りめしを作って乗せ、和歌山の沿岸部に自生するアセの葉でぐるぐる巻きにします。それを樽に詰め、重石を乗せて長期間じっくり発酵させると完成です。
この地方で、秋祭りなどの日に食べられた郷土料理で、独特なにおいとほのかな酸味がクセになる不思議な魅力がある逸品。今でも伝統的な製法で作っている家庭があるそうです。とはいえ、独特なにおいは好みが分かれるため、熟成期間を早めに切り上げる<早なれ>で食べられることも多いといいます。
紀伊半島南端部・熊野地方のサンマずし、奈良・吉野のアユずしや柿の葉すしなども、今は酢を使っていますが、元はこの製法に近かったのではと思われます。